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Journal Clubを公開した

 投稿者:山形 達也メール  投稿日:2010年 6月 7日(月)07時52分8秒
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  毎週土曜日、午前中のJournal Clubは研究者を育てるための勉強会なので原則公開してこなかった。しかし、研究室のPRにもつながるので公開することにして、学生の一部に講義の時に伝えた。

5月29日には20人くらい学生が来た、部屋が満員になった。

次の6月5日は10人くらいだった。だれもが口々に難しいという。当たり前だ。最先端の研究の論文を紹介しているのだから、学部の講義を聴いたくらいで分かるわけがない。

それでも、新しい言葉を次々と覚えて意味が分かるようになると、段々話しについて行けるようになるはずだ。

意欲と辛抱が大事である。

勿論論文を紹介する側も、話をするときはその研究の背景の解説に十分力を入れるようになった。

それで、話をする学生が本当にこの研究を理解しているかどうかも、こちらにはわかりやすくなった。
 
 

先輩の王毅楠による実験指導

 投稿者:山形 達也メール  投稿日:2010年 4月21日(水)08時45分8秒
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  王毅楠は私から見ると学生だが今の院生から見ると先輩にあたる。

この王毅楠に3月25-3月30日薬科大学に来てもらって、遺伝子組み換え技術を今の院生に指導してもらった。もちろん現在の先方の指導教官の許しを得た上のことだ、日本と瀋陽の往復運賃など7万円を払っただけで、良い指導をしてもらえた。
 

送別会

 投稿者:山形 達也メール  投稿日:2010年 3月19日(金)08時35分11秒
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  3月15日、四宮老師の送別会を又一順荘で開いた。参加は、うちの院生、卒研生を含めて全部で15人。

四宮貴久氏は2008年5月着任。生理学、放射線化学の講義を担当していた。

山形研究室では院生の実験主手技の指導をしてくれたが、ジャーナルクラブではスピーカーにはならなかったし、二年目は出席もしなかった。変わった人である。

いずれ又中国に来て、仕事の拠点を設けた上で、旅行をしたいと言うことである。
 

懐かしい新田さん

 投稿者:山形 達也メール  投稿日:2010年 3月 2日(火)09時13分21秒
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  掲示板に懐かしい名前を見つけて喜んでいます。3年間楽しく一緒だった新田さんを忘れるわけないじゃないですか。

中国で(日本のとはちょっと違う)肉まんを食べるたびに貴女と、そして「餌付けしてる」と笑っていたネメちゃん(いま伊藤さん)を思い出しています。彼女が進学した東大の研究室には、その後私たちの中国の研究室から次々と留学していて、いまでもそこの教授とは縁が深いです。

この冬の瀋陽はべらぼうに寒くて、11月中旬からマイナス20度の寒気団がのべつ押し寄せ、風邪を引き通しでした。1月中旬に日本に休暇で戻って、治るのに3週間も掛かりました。

いままた瀋陽に戻っていますが、最高温度で零度くらい。未だに雪と氷の世界です。といっても、桃の木の芽がふくらんでいます。4月後半には一挙に春が訪れます。

この夏にはまた休暇で日本に行きます。会えるといいですね。連絡先をメイルで教えて下さいな。
 

お久しぶりです

 投稿者:新田メール  投稿日:2010年 1月 4日(月)21時08分50秒
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  大変ご無沙汰しております。東邦大卒業生の新田です。
(おぼえていらっしゃいますか?)
自分がこの掲示板に書き込んでよいのかわかりませんが、
掲示板を発見しましたので、書き込んでみました。
(不適切だった場合、削除してください)
年賀状を中国の研究室宛にへ送付してみたものの届くのかわかりませんでしたので
掲示板にも書き込んでおきました。

私の方は特に変わらずに31歳になりました。
なんとか仕事も辞めさせられることなく、続いています。
学生のときのように、寝る事もなくなり普通に働いています(笑)。
学生時代の友達にも、びっくりされます。

中国は日本の関東地方に比べたら、ずっと寒いんですよね?
お身体には、気をつけてください。

では、失礼致します。
 

卒研生

 投稿者:tcyamagata  投稿日:2009年12月 9日(水)08時21分24秒
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  卒業研究生の中で日本語専攻でない学生は姜嘉慧さんである。彼女は日本に行きたいと言って、学業の傍ら日本語学校にいって日本語を勉強している。

それで空いている時間が少ないのでなかなか研究室に来られないようだが、それでもこの頃は実験室で見かけるようになった。黄澄澄さんが彼女の面倒を見ている。

許雪静さんは就職すると言って就職活動で忙しく、実験室では余り顔を見ることがなかった。今年は薬大といえども厳しい就職状況だったらしい。しかし数日前に、蘇州の日系企業に就職が決まったと報告に来た。「このあとは実験に頑張ります」って。

これで7人全員が、授業以外の空いている時間には実験室にきて、それぞれの研究を進めることになった。

http://blog.goo.ne.jp/tcyamagata/

 

薬科大学のOB

 投稿者:tcyamagata  投稿日:2009年11月 9日(月)08時50分58秒
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  11月4日には64期の先宇飛さんがシンセンから訪ねてきてくれました。

11月8日には上海から65期の薛蓮さんが訪ねてきてくれました。

ともに会社の仕事をしているキャリアウーマンです。二人とも美しい立派な大人になって、そして訪ねてきてくれるなんて、それはもう感激の極みでした。

10月26日には北京から戻ってきて瀋陽で就職した鄭大勇くんが研究室を訪ねてきたし、このところ懐かしい人たちに会って、とても幸せな思いをしています。

http://blog.goo.ne.jp/tcyamagata/

 

今年度の卒業研究生

 投稿者:tcyamagata  投稿日:2009年10月30日(金)10時42分41秒
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  今年度の卒業研究生は7人。全員が日本の大学院に進学したり、就職したりでこの研究室に残る学生は誰もいない。

女子学生が、方家、林钰镓、許雪静、王新桃、姜嘉慧さん。男子が胡忠双、張心建くん。

公式の配属は1月中旬だがそのあと直ぐに春節休暇に入るので、実験が始まるのは3月からになる。それでは十分の実験が出来ないから、出来るなら10月から来るように言ってある。

彼らは大学院入試を受けないから、今から来ることが可能である。それで何人かはもう研究室に来ていて、胡くんは細胞培養も始めている。

http://blog.goo.ne.jp/tcyamagata/

 

Gogleの研究室のサイトが遮断された

 投稿者:tcyamagata  投稿日:2009年10月19日(月)17時56分25秒
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  山形研究室のホームページはYahooのサイトの遮断がしばしばあるので、2009年夏に新たにGoogleのサイトに作り始めました。ところが10月12日にはこれも完全に遮断されてしまいました。この遮断がいつまで続くか分かりませんが長くなると予想しています。

ここから私たちは自分たちのHPが見られないだけでなく、更新も出来ないのです。

研究室日記も駄目ですが、幸い別のサイトにブログを書いていたので、そこに日記を続けようと思います(http://blog.goo.ne.jp/tcyamagata/)。そこを見て、私たちが生きているのを確認して下さいな。

ここからアクセスできるのは、その日記ブログと、この掲示板だけです。

http://blog.goo.ne.jp/tcyamagata/

 

Paqueちゃん 大ショックです

 投稿者:tcyamagata  投稿日:2009年10月 7日(水)15時13分30秒
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  化学教室の端にある生化の大部屋に三浦さんを迎えて、つまり知り合ってから48年。大事な時代が終わった感じです。

どうかお大事に。
 

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